大判例

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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)5084号 判決 1965年4月21日

原告

安田物産株式会社

代理人

杉田伊三郎

岡田定五郎

佐々木

被告

株式会社大倉洋紙店

代理人

荻野定一郎

満園勝美

佐藤淳

主文

被告は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和二六年八月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを八分し、その七を原告、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告において金六〇万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事   実≪省略≫

理由

一、不法行為による損害賠償請求

原告の昭和二五年頃の商号が文化印刷株式会社であつて印刷業を営んでいたこと、広井が約一ケ月の間原告会社の志村工場に滞在したこと、被告会社が昭和二五年一一月末頃従業員福田護及び広井を原告会社に赴かせ原告会社の資産並びに営業状態を調査させたこと、昭和二五年一二月一二日頃、原告の約束手形債務一、六三三万七、八二六円を消費貸借債務にあらため、原告会社所有の志村、小豆沢、神田各工場の不動産について原被告間に抵当権設定契約が成立し、神田工場を除き被告のために抵当権設定登記がなされたこと、被告会社が原告会社に対し額面一〇〇万円の約束形手を割引き七〇万円を交付したこと、被告会社は抵当権設定契約は既存の約束手形金債務一、六三三万七、八二六円を消費貸借契約にあらためた債務の支払担保のためにすぎないと主張したことは、原告会社が被告会社の外にも債務を負担していたことは、いずれも当事者間に争いがない。

次に右争いない事実に<証拠>を綜合すると、被告会社は昭和二五年頃訴外大洋交易株式会社に用紙を売り、右訴外会社は更にこれを原告会社に売り、右の代金の支払方法として原告会社が振出した約束手形一七通(乙第五号証の一ないし一七)を所持していたところ、その一部が同年一一月中旬不渡となつたために被告会社は右手形債権の処理を取締役宇治田暁則に担当させ、同人は更に営業課従業員広井金吾をして原告会社に右手形金の支払方を要求させていたこと、当時原告会社は被告会社に対する前記の債務をはじめとし、他に多額の債務を負担しており、従業員の同年一一月分の給料の支払にも窮するような状況であつたため当時の社長加藤新をはじめ取締役等はその窮状を打開するために事業の継続に必要な資金を被告会社から得たいと考え、取締役の今野勝久は広井に対し被告会社から原告会社へ二〇〇〇万ないし三〇〇〇万円の融資をして貰いたいと懇請したこと、広井は前記宇治田にこれを報告し、相談の結果原告会社に対しては原告会社の経理状況を調査したうえ確答すると返事し、次いで同年一一月約二〇日間にわたり原告会社が同社志村工場内に用意した席にて経理状況を調査し、また宇治田は、被告会社従業員福田譲を原告会社に派遣しその資産状況を調査させたこと、しかして原告会社に対する融資の件は被告会社においてはこれを了承せず従つて何ら決定されていなかつたけれども宇治田、広井は融資の話を利用して被告会社に対する前記の債権のため抵当権を設定して右債権の確保をはかりたいとの考えもあつて、広井は原告会社の取締役渋谷豊盛に対し、被告会社が原告会社に年内に五〇〇万円の融資をすることが重役室にて決つた旨述べ、更にその頃前記今野及び原告会社の経理課長大島巌に対しても原告会社の財産全部に被告会社のため抵当権設定登記をすれば被告会社は原告会社に対し年内に五〇〇万円位は用意しようと述べ、更に広井は前記調査のため原告会社に赴いた際原告会社の従業員大会に出席し、従業員等に対し今後被告会社が原告会社に融資し援助するから給料のことは心配せずに大いに働いて貰いたい旨の挨拶をしたこと、そこで原告会社は広井の言から融資を得られるものと信じ今野は融資の契約書の案を作成してこれを右広井に交付したことしかし広井は原告会社に対し前記約束手形金債務を準消費貸借契約上の債務にあらためこれを被担保債務として原告所有の不動産に抵当権を設定するよう要求したこと、原告会社の代表取締役社長の加藤新は被告会社から提示された抵当権設定契約書には融資に関する条項は何らの記載もなかつたが、広井の前記の各行動、声明により依然資金を融通して貰えるものと信じ、同年一二月一二日被告会社と抵当権設定契約をし、翌一三日その旨の登記を了したこと、そこで原告会社は被告会社に会社再建のための資金の融資方を再三交渉したが、被告会社は以前に割引を依頼された約束手形五通を七〇万円で割引いただけで、再建の融資はしなかつたこと、その結果原告会社は年末に差迫つた従業員の給料支払に窮し、他方工場機械の大部分は前記の抵当に入つており、残された神田工場も直ちに売却或いは金融に供することも困難であり、且つそれより以前従業員に対し、万一給料の支払ができない場合には活字及び地金を労働組合の管理に委せておきこれを給料債権に充当してもよい旨言明するに至つていたため、同月末日に至り遂に組合は原告会社の承諾のもとにこれらを全部時価以下たる平均貫当り三五〇円で売却し、原告会社もやむをえずこれを承認したこと、以上の事実が認められ右認定に反する<証拠>はいずれも措信しえないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告会社の従業員である宇治田、広井の両名は被告会社が原告会社に融資する計画がないのを知りながら、あるように装つて原告会社に少くとも昭和二四年の年内に五〇〇万円を融資する旨申述べて原告会社をして他からの融資その他の対策をとる必要がないものと誤信させ、抵当権を設定させ他からの融資を時間的に不可能ならしめ、よつて活字の廉価売却をよぎなくさせたものであるから右は両名の故意による共同不法行為を構成するものといわねばならず、また右両名の所為は被告会社の業務の執行としてなされたものであることも明らかである。従つて被告会社は右両名の不法行為によつて原告会社が蒙つた一切の損害を右両名の使用者として賠償すべき義務がある。(原告は被告会社代表者自体の不法行為を主張するけれども右事実を認めるに足りる的確な証拠はない)

そこで次にその損害額について判断する。

<証拠>を綜合すると、昭和二五年一二月頃当時原告会社には原告主張のとおり活字及び地金が存在したこと、これらを前記認定のとおり昭和二五年一二月末頃原告会社の労働組合が原告会社の承認を得て貫当り平均三五〇円合計一一、一一万七、八六七円で売却したこと、活字のうち三分の二が新品、三分の一が中古品であり従つて各種類の活字中における新品及び中古品の数量は原告主張のとおりであること、各種類の活字の新品及び中古品、地金の各時価は原告主張のとおり合計五三七二万〇四五〇円であることが認められ、右認定に反する<証拠>はいずれも措信しえないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、原告は本件不法行為による損害として活字及びその地金の廉売によつて蒙つた損害の賠償を本訴において請求するものであるが、前記認定の本件不法行為当時の原告会社の経理状況、広井、宇治田が当時自身又は広井を通じて原告会社の経理状況その他の社内事情を熟知していたものと認められることからみれば、宇治田、広井は当然行為当時、原告会社が蒙る損害(廉売による)を予見することができたものと解するを相当とし、この損害額は前記認定の活字、地金の売却当時における時価合計五三、七二万〇、四五〇円から現実売却額合計一一、一万七、八六七円の差額である四二六〇万二、五八二円であるとするを相当と考える。

次に被告の時効抗弁について判断する。

原告は右被告の抗弁は民事訴訟法第一三九条に反し許されないものであると主張し、原告主張のとおりの日時に至つて被告が右抗弁をはじめて提出したものであることは記録上明らかであるけれども、本件の審理の経過及び右抗弁の内容に鑑みれば右抗弁の提出は未だ時機におくれたものと云うに足らないのみならず、更に新たな証拠調べを必要とする等訴訟の完結を遅延せしめるものと認めるに足りる事情も認めがたいから、被告の右抗弁の提出は何ら民事訴訟法第一三九条に反するものとは云えない。

原告会社は遅くとも本訴提起の時である昭和二六年八月二一日頃には本件不法行為の損害及び加害者を熟知していたことは原告の提起した本訴の内容等弁論の全趣旨により認めうるし、また本訴において原告は一部請求であることを明示して請求しているものであるから、右の時から三年間を経過した昭和二九年八月二一日頃の経過と共に原告が訴状において請求した二〇〇万円を越える本件損害賠償請求権について時効が完成していることは明らかである。(なお原告が訴状において請求した二〇〇万円中一〇〇万円は右訴状においては給料支払、退職金支払等による損害(即ち活字、地金の廉売による損害以外の損害)として請求し、その後昭和三三年九月一八日の口頭弁論期日において、これを活字、地金の廉売による損害に主張を変更したものであることは記録上明らかであるけれども、右いずれも同一不法行為に基ずく財産的損害の賠償を求めるものであり、従つて主張の変更の前後を通じ同一の訴訟物であるとみるべきであるから、訴状において請求した二〇〇万円については全部について時効は中断されているものとみるべきである。)

次に原告の時効中断の主張について考察するに、原告はいわゆる一部請求によつても損害賠償請求権全部が訴訟物となつているものと考えられるから、本件訴の提起により本件損害賠償請求権全体について時効が中断した旨主張するけれども、一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合、原告が裁判所に対し主文において判断すべきことを求めているのは債権の一部の存否であつて全部の存否でないことが明らかであるから、訴訟物となるのは右債権の一部であると解すべきであり、それ故訴提起による消滅時効中断の効力はその一部についてのみ生ずるにすぎないものと解される。

原告は訴状において、活字廉価売却による損害は合計一六五〇万円であるとし、その一部である一〇〇万円(他に給料支払退職金支払による損害として一〇〇万円)を請求し、その後前記のように時効期間満了後、活字、地金の廉売による損害は合計四二六〇万二、五八二円でありその中二二〇〇万円を請求する旨変更したものであるけれども、訴状においてとにかく一部請求なる旨を明示している以上、訴提起時には残部については請求しない趣旨であることが明らかであるから、訴提起により時効の中断を生じたのは右請求部分合計二〇〇万円の部分のみであると解さざるをえない。

従つて原告の再抗弁は理由がなく被告の時効の抗弁は理由がある。

よつて原告の本訴不法行為による損害賠償請求は金二〇〇万円についてのみ正当であり、その余は理由がない。

≪以下省略≫ (田中宗雄 小河八十次 岡崎彰夫)

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